「るっ……」
瑠駆真がっ?
「でもね、ただの噂だか… あっ 待ってよっ!」
ツバサがそう叫んだ時、聡はもうすでにその身を翻していた。
「金本くんっ! 待って! 待ってよ。ただの噂だって。金本くんったらっ!」
必死の呼び声にも耳を傾けることなく、聡はそのまま教室を飛び出し、瑠駆真の教室、二年二組を目指して走り出す。
折りしも、瑠駆真が二組の教室から出てくるところ。聡はその姿を認めるや、ありったけの声で叫んでいた。
「瑠駆真ぁぁぁぁぁぁっ!」
その怒声に、登校時間で賑わっていた廊下中の生徒が絶句する。だが、当の瑠駆真本人は大して驚いた様子も見せず、無言でこちらへ顔を向けるだけ。その冷静さを払った態度に、聡の怒りが増幅した。
「瑠駆真っ! お前っ!」
一心不乱に突進し、勢いに任せて両肩に飛びつく。避けようともしなかった瑠駆真はそのまま押され、廊下の壁に押し付けられる。
「朝から騒がしいな」
「うっせぇ!」
短く遮る。
「お前、何のつもりだ?」
「何がだ?」
「恍けるな」
聡の両手に力が込められ、瑠駆真の顔がわずかに歪む。
「お前、美鶴が緩を殴ったトコロを目撃したそうじゃないか。えぇ?」
まるで脅し。
「どこをどう目撃したのか、説明してもらおうか?」
内容によっちゃ、一発どころじゃ済まないぜ。
凄みを含ませた瞳を添えて、これ以上ないほどの怒りを滾らせる聡。
だが、それでも瑠駆真は怯まない。それどころか、聡の言葉にわずかなため息すら漏らす。
「その事か」
「なんだよ、その言い方っ!」
怒り沸騰。
「ふざけんなよっ!」
「ふざけているのはどっちだ?」
聡の喚き声に迷惑そうな視線を投げ、瑠駆真はすっと瞳を細めた。細められても円らな瞳が、光を湛えて大きく揺れる。
「それは誤解だ」
「はぁ?」
「僕は、美鶴が誰かを殴った現場なんて、目撃してはいない」
凛とした声が、聡を貫く。
「え?」
目を見開く相手に、瑠駆真はうんざりと瞳を閉じる。
「何度も言わせないでくれ。僕は目撃なんてしていないよ。していないし」
そこで右手を伸ばし、肩に乗せられた手を無造作に払う。
「目撃したなんて、証言もしてはいない」
「だって」
「どうやら噂が錯綜しているようだ。僕としては迷惑なことこの上ないけどね」
「本当だろうな?」
聡の言葉に、瑠駆真の眉がピクリと跳ねる。
「疑うのは、それなりの根拠があっての事なんだろうな?」
そう言って、もう片方の手も払いのけ、握られた肩を軽く揉む。そうして、聡の後ろで生唾を飲むツバサへ視線を投げる。
「僕は目撃なんてしていない」
「じゃあ、まったくの嘘?」
だが、ツバサの言葉に瑠駆真は躊躇ったような態度を見せ、慎重に言葉を選ぶ。
「現場には…… いた」
「え?」
「は?」
同時に声をあげる二人を見つめ
「昨日の昼休み、裏庭にはいた。でも、美鶴が君の義妹を殴ったところは見ていない」
「どういうコト?」
「僕が見た時、聡の義妹は地面にヘタり込んで大声を上げていたんだ。それだけだ」
そう、それだけなのに……
瑠駆真はグッと両手を握り締める。
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